SCENE
第12話   
最寄の駅から自宅への道を
蘭世はいつもよりゆっくりとしたペースで歩いていた。




街灯のせいで、あまりたくさんの数は見えない星々を、
蘭世は目を細めてそれらを眺めながら歩いた。



心の中を、彼の姿が占める。
ぱっと、目の裏に浮かんだ俊の姿が蘭世の鼓動を早めた。

つい先ほどまで一緒にいたことがまるで夢だったかのようにさえ思える。
そして、それは今までの友達としての関係から一歩進んだものであった。


蘭世は立ち止まって、小さな自分の唇にそっと右手を指を当てた。

ここに彼の唇が触れた。
信じられないことだったが、唇に残った感触がその記憶を確かなものにさせる。
うれしいとか、よかったとか、
そんな単純な感想では表現できない。
ただ、呆然と自分の身の上に起こった出来事を
ひたすら、記憶の中で繰り返すだけだった。






(まだお前は人のものだ・・・・・・)



蘭世は俊の言った言葉を思い出していた。
それは圭吾のことを指している。
あのとき、蘭世はこのまま俊に抱かれてもいいと思っていた。
そう思わせるぐらい、俊の瞳は蘭世の心を説き伏せていた。
だが、俊はそうしなかった。
そのことは、蘭世にとって予想外のことだった。
俊とそういう関係になるであろうということは、
2回目のキスを自分から求めた時に、覚悟していた。
しかし、そのまま、自分から体を離した彼を見て、少し拍子抜けした気がした。


しかし、それは同時に蘭世を安堵させていた。

もちろん、圭吾のことが頭にあった。
このまま、流れに乗っていくことが、ホントに正しいことなのかもわからなかったし、
いざそうなったとき、蘭世はそのまま俊を受け入れられていたかどうか
今となっては自信がなかった。
罪悪感に苛まれて、拒否してしまっていたかもしれない。


大切にしたいと言ってくれた。
だが、それだけではなく、俊は、今後蘭世が考える思考を先読みして
敢えてそういったのかもしれない。


どちらにしても、俊の取った行動は、
蘭世の俊に抱いていたイメージを一掃させた。
自分のことをサイテーな男だと
俊は表現していたが、
蘭世はそうは思わなかった。
自分だってそう変わらない。

逆に、思っていたよりももっと彼は誠実で頭のいい人なのではないかと
蘭世は改めて実感した。






そして、蘭世に決意をもたらしていた。
彼の元に行くとか、彼とつきあいたいとか、そういったレベルではない。

ただ、もう何の迷いはない。



自分は確かに真壁俊を愛しているのだから・・・



自分の気持ちが確信に変わった以上、
圭吾との関係をこのままにしておくわけにはいかないのだ。








蘭世はふぅと小さく息を吐いた。
そして自宅のマンションの前に着いたとき、ある人影を目にした。




「・・・・・・やぁ・・・・」
「・・・・・・圭・・・・・・吾・・・」

蘭世は大きく目を見張ったままこちらを見つめる圭吾の瞳を見つめた。





















     **********************






「よっ」


そういって圭吾はブランコに立ったまま乗って、勢いよく漕ぎ出した。
蘭世は、黙ったまま隣のブランコに腰を下ろした。
部屋では話をする気になれず、
2人は近くの公園に来ていた。


「なかなか電話も出てくれないし、来ちゃったよ」
圭吾はブランコを漕いだままで言った。


「あのね、圭吾・・・・・・」

「今夜は、そんなに暑くないな〜。逆にブランコ漕いでると風がきて涼しいよ」
圭吾は蘭世の言葉を遮って言った。


「圭吾、聞いて。私、あなたに話さなきゃいけないことがある。」
蘭世は少し声を大きくして言った。その言葉に圭吾は漕ぐのを止めて顔を引き締めた。
「私はね・・・・」





「俺は蘭世が好きだよ」
また、同じように圭吾は蘭世の言葉を自分の言葉で遮る。

「圭吾・・・・」
「この前のことは謝るよ。蘭世だってそういう気分じゃないときもあるよな。うん、そうだ。ホントごめん」
圭吾はブランコに腰を下ろしながら言って、顔の前で両手を合わせて謝った。


「・・・・・・そうじゃない!そうじゃないのよ。私はもう圭吾のことは・・・・・」



「聞きたくないよ!!!」
圭吾が叫んだ声に、蘭世は一瞬怯んで口を閉ざした。


「聞きたくない・・・・・・」
圭吾はふぅと一息吐いて目を閉じた。




「でも、私はもう隠しておけない・・・・そして、こんな気持ちのまま圭吾とは一緒にいられない・・・・」

蘭世は言った。



「・・・・・・・・・・・あの男だろ・・・・?真壁・・・とか言ってたっけ?」
圭吾は閉じていた目を開いて荒砂で覆われた地面を見つめながら言った。

「・・・・・」
蘭世はさっと圭吾の方に視線を走らす。
こんな話をしている中で、『真壁』という言葉に大きく反応している自分が可笑しくなった。
鼓動が早くなる。


「返事がないことが、肯定を意味するってやつだよな・・・・」
圭吾はふっと笑った。淋しそうな笑みを浮かべる。


「わかってた。あの時、喫茶店から出てきたとき、あいつと会っただろ?
蘭世の様子を見て、もしかして・・・なんて思った。
でも違うと言い聞かせて・・・
半分賭け交じりで、お前を求めた。
だけど、悪い予感は外れないんだよな・・・。
お前が俺を拒否したことで確信したよ。自分でも勘の鋭さにはあきれてしまうよ」

圭吾はそういって蘭世を見て微笑んだ。


「圭吾・・・・・・」
その寂しそうな圭吾の笑顔は、蘭世の胸を締め付けた。
そんな顔をさせているのが自分であるのだということが、また辛かった。
この笑顔から避けるために、別れをのばしのばしにしていたところさえあった。
そんな自分が嫌になる。
でも、もう決めたのだ。
先に進むためには、それも仕方がないのだと自分に言い聞かせる。


「・・・・・・ごめんなさい。私、もう気持ちをごまかすことできなくなった。。。。別れてほしいの・・・」
蘭世はぐっと目をつぶった。
圭吾の顔はさすがに見れなかった。
でも、圭吾も目をとじたかもしれない・・・。そう思った。



「・・・・・・つきあうのか?あいつと・・・・」
圭吾は蘭世に尋ねた。

「・・・・・わからない・・・」
蘭世はかぶりを振って小さな声で答えた。

「・・・・・うまくいくといいな」
圭吾の言葉に蘭世は顔をあげた。

「どうして?なんでそういう風に言えるの!?もっと責めてくれないと私・・・・・」
蘭世の瞳から涙が流れる。

「蘭世を罵ったところで、何も変わらない・・・・違う?」
圭吾は言った。
「お前が戻ってきてくれるっていうなら、いくらでも責めるけど?」
「・・・・・・」
「一応さ、俺もかっこつけたいわけだよ。罵りたい気持ちはないわけじゃない。
そうする方が一時的には楽かもしれない。
でも、そうすれば、よけい惨めだろ?
俺は、お前の中で、悪い思い出としては残りたくないんだ。
それぐらい、させてくれよ」

圭吾はそういうと、もう一度蘭世を見て微笑んだ。
寂しげな表情はもう見られなかった。

「こういう答えは予想してた。
今日、ここに来たのも、この答えを聞きに来たのかもしれない。
このままでずっといるほうが、気持ちも切りかえれないしな・・・」

圭吾はそういい終わると、座っていたブランコから立ち上がった。
「今までありがとう」
そういって圭吾は手を差し出しかけたが、引っ込めた。
「握手は・・・・・やめとく。かっこつけすぎだな・・・。
はははと笑ったあと、圭吾はじゃあ・・・と言って蘭世の前から去っていった。


蘭世はその姿を黙ったまま見送った。
圭吾の気持ちが胸にしみて痛かった。

「・・・・・ありがとう・・・・圭吾・・・・」
圭吾に聞こえるはずもない小さな声で蘭世は言った。
追いかけて、その背中にすがり付いて、なきながらお礼と謝罪を繰り返したかったが、
蘭世はそうしようとはしなかった。
圭吾の沈黙の背中がそれを拒んでいるように見えた。
ただ、ひたすら、溢れてくる涙を必死で止めることが今の蘭世のせいいっぱいだった。












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