SCENE
第3話 ときめき 
「蘭世!おはよう」
2限の授業に向かう蘭世の肩をポンとたたいて楓が声をかけた。

「あ、おはよう」
蘭世は笑って答えた。




「聞いたわよ。あんたクラス代表になったんだって?」
楓は、どこで聞いたのか、昨日の蘭世のクラスで起こった出来事をすでに知っているようで、
その件について、蘭世に問いかけた。




「え?どうして知ってるの?そのこと・・・・・・」
蘭世はおずおずと問い返す。

「蘭世のクラスに椎名さんっているでしょ?
この前入ったサークルで一緒なのよ。彼女に聞いた。」
楓は入学早々絵画のサークルに入部していた。




確かにいたな・・・と蘭世は楓の口から出た椎名と呼ばれる女性を思い浮かべた。
静かだが、しっかりした感じの女性で、少しおとなっぽい印象があった。
女子の少ない経済学部では、クラスにいる女生徒も少ないので、蘭世はひととおり、女子の名前と顔は把握できていた。




「そうなんだ。彼女と知り合いなんだ。・・・・・そうなのよね。もう困っちゃって・・・」
蘭世はそういって苦笑した。


「どうして?楽しそうじゃない。
蘭世まだ、サークルにも入ってないし、このまま何もみつけないままだと、だらだらした大学生活になるよ?」
楓は蘭世の顔を覗き込みながら言った。


「・・・うん・・・それはそうなんだけどね・・・・・・」
蘭世は楓の言葉を聞きながら空を見上げた。
楓の言うことはわかるのだが・・・・蘭世はほっとため息をついた。






「・・・何かあるの?」
「・・・何かっていうか・・・」
蘭世が複雑なままうごめいていた心を楓にどう切り出そうかと迷っていたその時、その蘭世を呼ぶ声がした。





「江藤」
蘭世が振り返るとそこには昨日騒動を巻き起こした本人の姿があった。


「・・・ま、真壁くん!」
「今日の昼休み空いてるか?」
「え?あ、・・・・うん・・・・何?」
「第1回ミーティング。
授業が終わったら校門のとこで待っててくれ。んじゃな!」
俊は自分の言いたいことを伝え終わるとその場から去っていった。

「え?ちょ、ちょっと真壁くん!」
蘭世の呼びかけが聞こえているのかいないのか、俊はスタスタと講義に向かっていった。

「・・・・もう強引なんだから・・・」
蘭世はため息をつきながら去っていく俊の背中を見送った。






二人のやりとりをあっけにとられて見ていた楓ははっと自分を取り戻して、蘭世の腕をひっぱった。
「ねえ、蘭世!あの人、この前のボールペンの人でしょ?いつのまにそんな仲になったのよ!」
「そ、そんな仲って・・・・・楓ちゃん!そんなんじゃないわよ。
実は同じクラスだったの。この前、知ったばかりなんだけどね・・・。
で、そのクラス代表のことなんだけど、彼と一緒にやることになっちゃって・・・」
蘭世はぼそぼそとうつむきながら答えた。


「・・・・・・そうなんだ。彼が・・・。椎名さんが言ってたのよ。
クラスの男の子に無理やり推薦されたって・・・・。そっかー、彼だったんだ・・・」
楓は点と点が一本の線でつながれたのを確認したようにうなずいた。







「私、あんまり気乗りしなくて・・・」
蘭世は言った。
「・・・・・・どうして?」
「・・・・・・なんとなく・・・・・・」
「・・・・・・」






楓はそれ以上聞くのを止めた。
蘭世の心が何か大きく揺らいでいるのを感じたからだ。
今は私は何も言うべきでないのかも・・・・。
楓はそう決め、昨日起こった取りとめのない話題に話を移した。












            ******************












蘭世は2限めの授業を終えると、校門に向かった。
気もちは前を向いてはいなかったが、頼まれたことは断れない性格のために、約束を無視することも出来なかった。




蘭世が、少し早足で歩いて、校門のところまでやってくると、俊はもうすでに、その校門に背を預けて待っていた。
蘭世が近づいてくるのを見つけると、組んでいた両腕を解いてよぉと声をかけた。


「私、まだ行くとも、代表やるとも言ってないけど?」
俊の短い挨拶に、蘭世は少し睨みながら俊にそう答えた。


「・・・でも来たじゃねえか」
俊はにやっと笑って行こうぜと言い、歩き出した。






「・・・・・・どこ行くの?」
蘭世は歩き出しに少し遅れをとり、バタバタっと小走りしながら俊に尋ねた。


「うまいメシ屋があるんだ。昼飯食おうぜ。俺ハラペコ」

「ミーティングは?」

「食いながらでもできんだろ?っていうか、お前かなりやる気じゃん」

「そ、そんなんじゃないもん!」




俊はアハハと笑って少しくだり坂になった道をタッタッタっと早足で歩いた。
蘭世は調子を狂わされて、もうっとふくれながらも、俊の後を追いかけた。














      **********************













俊が先導した店は待ち合わせた校門から幾程も離れていない、メインストリートから少し路地に入ったところにある
小さな洋食屋だった。
昼時ということもあって、店の中は混雑していたが、少し早めに来たせいか、
二人用のテーブルが運良く一つ空いていて、二人はその席に落ち着いた。
ここのハヤシライスがうまいんだ・・・そう言って俊は2人分のハヤシライスを注文した。








俊は他愛もない話をしていたが、蘭世はその話し方、話し振り、その話題に引き込まれていくのがわかった。


なんて、屈託なく話す人なんだろう・・・。
まだ出あって間もないのに・・・・。

2人の会話は、もうずっと前から知り合いのように息があっていた。
俊の話は面白く、一緒に笑った。
ずっと話していたい。。。そうも思った。






しかしその反面、俊の態度を冷静に判断している自分がいるのもわかった。








・・・・・・女慣れしてる・・・・・・?
もしかしたら結構遊んでるかもしれない・・・・・・。

俊の行動は確かに蘭世をドキドキさせるものであったが、
それが逆に蘭世を止めさせた。









好きになるかもしれない・・・・・・・・・
蘭世は心の奥がキュッと締め付けられながら、そう言っているのに気づいていたが、
それを敢えて、押さえつけた。
このままだと好きになってしまうかもしれない・・・
でもこの人を好きになってもいいの?
ううん。私はここで、この段階で抑えなきゃ・・・。つらい思いをしそうな気がする・・・・。
それに、それに私には・・・・・・・・。

















「江藤ってさ・・・・彼氏とかいるの?」
俊はまるで蘭世の心を読んでいたかのように、唐突に話題を変えてそう聞いた。
蘭世は、心臓をつかまれたように、言葉を失って、動きを止める。
俊は、ハヤシライスを口元にスプーンで運びながらそう聞いたが、聞き終わるとその手を止めて蘭世を見た。








「・・・・・・うん・・・・・・」
蘭世は俊の大きな鋭い瞳に吸い込まれそうになるのを必死で阻止して、
目をそらしながらやっとの思いで一言そう答えた。
心臓がきゅっと縮こまるのがわかった。
息苦しい・・・・。










「・・・・そっか」
俊はそういい終わるとまた話題を変えて、クラスコンパをしようと言い出した。
クラスを仲良くさせるいい機会だろ?っと言って楽しそうに笑った。





先ほどの質問はまるでなかったか、夢だったかのように、俊はそれから先、その話題に戻ることはなかった。
蘭世は俊がそう尋ねた真意がつかめないまま、拍子がぬけた。
安心した気分と、なぜかがっかりした気分を心の中で交差させながら、複雑な思いはさらに一層膨らんだまま
俊の話に耳を傾けた。












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