SCENE
第5話  とまどい
ひととおりの校内散策を終えた圭吾と蘭世は、大学から駅に向かう途中にあるカフェの一席に
腰を落ち着けていた。

大学の近くにあるからか、店内は若い学生達で埋め尽くされにぎわっている。



「ふぅ〜、なかなか楽しかったな。」
「そう?」
「やっぱり総合大学は違うよな。俺も受ければよかったよ」
はははと圭吾は笑う。
「圭吾の方は相変わらず?」
「相変わらず男ばっか。」





圭吾−−−−−−−−筒井圭吾は、現在私立の工業大学に通っている。

もともとは高校の同級生で、昨年の秋の学園祭の実行委員で初めて知り合い、仲良くなった。
蘭世のほうはとりとめて、想っていたわけではなかったが、
その後、圭吾の猛アタックに押され、卒業をきっかけに蘭世もそれを受け入れた。

最初は、好きという感情がわからないという理由で、圭吾の押しをはぐらかしていたのだが、
他に好きな人がいたというわけでもなく前向きに考えようと、
何度かデートをしていくうちに、蘭世の感情は次第に好意に変わっていった。





それから5ヶ月ほど経つ。





大学に入学するまでの間は、お互い、自分の時間もたくさんあったし、
何より付き合いはじめたことに新鮮さを感じ、
電話やメールで頻繁に連絡をとりあっていたが、
入学してからというもの、バイトを始めたり、新入生メインの行事の参加に明け暮れていたりしていたため、
連絡する回数はお互い明らかに減っていた。













「・・・元気にしてたの?」
圭吾は蘭世に尋ねた。
口元に運んでいたコーヒーカップをソーサーに戻す。


「あ、うん・・・」
蘭世は目の前に置かれていたアイスティーを、ストローでくるくる回していたのをやめて、うなづいた。



「突然来たりして、ごめん。ほら、蘭世は全然連絡くれないしさ」
圭吾は首をすくめて言った。



「あ、こっちこそごめんね。なんかいろいろ忙しくって・・・」

「前に言ってたクラス代表とか・・・?」



蘭世はぴくりと眉を動かし、体をこおばらせた。
俊の姿が頭をよぎる。



「うん、まあ・・・それもあるけど・・・バイトとかも。いろいろね・・・」



蘭世は心に浮かんだ別の男性の姿をなぎはらって、笑顔を作って見せた。








「そっか・・・・。今日、バイトの日?」

「ううん。今日は休み」

「じゃぁ、これから俺んち来ない?」

「え?これから・・・?」

「俺も今日バイト休みだし。たまには蘭世の手料理なんか食べたいな〜なんてね」
圭吾は蘭世を見つめながら、朗らかに言った。


「・・・・・・」
(断る理由はないわ・・・。私たちはつきあってるんだから・・・)
「そうね。いいよ♪」
蘭世は笑って答えた。


「ホント?やったぁ!何つくってもらおうかな〜」



無邪気に笑う圭吾を見て、蘭世は微笑んだ。



(圭吾はいつも素直だ。真壁くんも明るいけど、どちらかというと本心を口に出さないタイプだし・・・
この素直さが安心できるの・・・)


蘭世はふと心の中で、圭吾と俊を無意識に比べている自分に気づいてハッとした。

(何、考えてるの?・・・・私・・・比べるなんてサイテーだわ)

蘭世はパッと顔をあげた。
「行こ!圭吾」
そういって席を立つ。
(まだ、私たちは付き合いだしたばかりなんだから・・・)

蘭世は腕を圭吾にからめて、軽くひっぱり、ニコッと微笑んだ。













     *****     *****     *****









「食べたいもの決まった?」
「そうだなぁ・・・」

そういいながら、圭吾と蘭世はカフェの扉を開けて外に出た。

時間は4時を回っていたが、外は暑く、まだ日も高かった。

学生達の人通りが激しい。
ちょうど、4時限めの授業が終わったところなのだろう。


「人が多いなぁ」
先ほどの学内の様子といい、この通りの人込みといい、
圭吾はマンモス大学の規模の大きさに圧倒されているようだった。

「そうだね・・・」
と蘭世が圭吾の方を向いた時、その肩越しに、
俊が日野とともにこちらに歩いてくる姿を見つけた。



視線が交差する・・・・・・



蘭世は思わず、圭吾の腕に絡ませていた自分の手をほどいた。
そのすばやい動きに圭吾は気づき、「蘭世?」と声をかけて、その視線の先を追った。
その視線の先の男と目が合う。



「よぉ」と俊は足を止め、蘭世に声をかけた。

「ま、真壁くん・・・じ、授業終わった?」

「ああ、お前がサボるから、俺が出なきゃならなくなったんだろうが」

「あ、ごめん」
蘭世は緊張した顔をほっと和ませて答えた。



俊はチラッと圭吾の方に目をやり言った。
「・・・・・・前に言ってた彼氏?」

「え・・・?あ・・・う、うん」
蘭世は少し目を横にやりながらうなづいた。
そして圭吾に向かって声をかけた。
「真壁くんと、日野くん・・・同じクラスなの・・・」

「ども」
俊はぺこっと頭を下げた。
「よろしく」
圭吾は俊の目を見ながら答えた。



「んじゃ、またな。ノートいるなら昼飯おごれよ」
当たり障りのない挨拶が終わると、俊は蘭世にそういって、日野と一緒にまた並んで去って行った。

蘭世はほっと小さく息をもらした。
そしてその小さな動きを、圭吾は見逃してはいなかった。














     *****     *****     *****












オムライスの材料を買い込んだ圭吾と蘭世は、袋を抱えながら
圭吾の暮らすワンルームマンションに戻ってきた。


そして買った食材を入れるため、一人暮らし用の小さい冷蔵庫を開けた。
「なぁ〜んにも入ってないのね」
といいながら、蘭世はくすくす笑う。


「さぁてと、はじめるかな〜」
蘭世は買ったタマネギを一つ手にとって、
クーラーをつけようとしていた圭吾を微笑みながら見た。



「どうしたの?さっきからあんまりしゃべらないね」

「え?いや・・・別に」

「そう?」

蘭世は首をかしげてまな板と包丁をシンクのそばにセットした。




圭吾は無言でその後姿を見つめた。
そしてそっと近づき、後ろから静かに手を回した。

蘭世はびくっとして包丁から手を離した。
「な、何?どうしたの?」
蘭世は笑って、その腕から逃れようとしたが、思いのほか圭吾の力は強かった。



「さっきの男さぁ・・・」
圭吾は蘭世の耳元でぼそぼそっと言った。

「え?」

「仲いいの?」

「え?・・誰?・・・あ、真壁くんのこと・・・?」
蘭世は突然の圭吾の言葉に鼓動が大きくはじけたが、それを悟られないように冷静に努めた。

「・・・」

「あの・・・クラス代表、彼も一緒なの・・・。それで、話すようになったっていうか・・・それだけよ?」
蘭世は背後から自分を抱きすくめる圭吾の目と合わせるように、少し、顔を後ろの方に向けた。



圭吾は何も言わずに、すっと両腕の力を緩め、蘭世の体を自分の方の向けさせた。
そしてしばらく蘭世の目を見つめた後、ゆっくりと顔を近づけて、少し開いた蘭世の唇に自分のそれを静かに合わせた。

蘭世は開いていた目を閉じて、次第に深くなる圭吾の口づけを、黙って受け入れた。

(これでいい・・・圭吾・・・・・・お願い・・・・私を・・・・・・私を。
しっかりとつかまえていて・・・・・・。でないと・・・私・・・・・・・・)

蘭世は下に下げていた両腕を圭吾の首にそっと回した。




心臓の音は大きく鳴りつづけていた。
だが、それは、初めて圭吾を受け入れた時に鳴った高鳴りとはどこか違っていた。

飛び出してどこかにいってしまいそうな胸を押さえつけるために、
そして、ふいに現れそうなあの人の姿を出てこさせないようにするために、

蘭世は必死に圭吾の首にしがみついた。









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この章は、
原作との設定とはかなりかけ離れた部分が出てまいります。
苦情等はお受けできかねますので、
お読みになるときはご注意なさってください。