SCENE
第7話  溢れだす想い
次の日、気だるい体を引きずりながら、蘭世は午後から大学に顔を出した。
俊と顔を合わすのは怖いことであったが、今日、3限の法学の授業は、レポート提出の期限になっていた。
それを見逃すわけにはいかない。

幸いなことに、提出するレポートはすでに蘭世は書き上げてあった。
珍しく用意周到な自分に苦笑する。



教室の入り口で、蘭世は立ち止まって、気分を落ち着けるために大きく息を吸い込んでから、
中をそっと覗き込んで、キョロキョロと見回した。





俊の姿はない・・・・・・・・。



(法学・・・取ってたはずなんだけどな・・・)


こんなときですら、俊のことを心配する自分が、可笑しかった。
ほっと胸をなでおろすと教室に入り、空いている席に腰を下ろした。








(泣いちゃったの、失敗だったな・・・)



蘭世はため息をつきながら、昨日さんざん悩みつづけたことを、
今日も同じように思い返していた。



(真壁くん、きっと変に思ったよね。。。。なんか・・・・気まずいかも・・・それに彼女がいたなんて・・・
言ってくれりゃいいのにさっ!!自分だけ聞いといてっ☆)




自分の想いに気づいてしまったことへの動揺・・・・・・・
俊に彼女がいたことのショック・・・・・・・・・
そのことを俊が何も言わなかったことへの怒り・・・・・・・・
そして
圭吾を傷つけてしまったことの悲しみ・・・・・・・


様々な気持ちが自分の心の中を交互に支配する。
それがひどく蘭世を疲れさせた。

蘭世ははぁーーーともう一度大きくため息をついて、頬杖をついて、照りつける太陽の鋭い日差しを眺めた。

















「蘭世!」
外を見ていた蘭世を呼ぶ声がして、蘭世はゆっくりと振り向いた。
それと同時に、楓が蘭世の隣の席にずいっと座ってきた。

「なんだ、楓ちゃんか・・・」
消え入るような声で蘭世は言う。

「なんだじゃないわよ、蘭世!あんた、筒井君と何があったの!?」

その言葉を耳にして、蘭世はぱたっと動きを止めた。そしてゆっくりと楓の目に自分の視線を合わせて言った。

「・・・・・・なんで・・・知ってるの?」

楓はふぅと小さく息をして言う。
「筒井君から電話があったよ。もうダメかもしれないとか言って・・・・・・。
詳しいことは教えてくれなかったけど・・・。
大学での蘭世のこととか、すごく聞かれたし・・・・。」

楓は少し困った顔をして見せた。


「・・・そうなんだ・・・。ごめん。迷惑かけちゃったね」
蘭世は淋しそうに笑った。


「迷惑とか、そんなこと言ってるんじゃないの。
あんたのそのやつれた顔が物語ってるでしょ?
何があったの・・・?」

「・・・・・・」

蘭世は視線を下に落としただけで何も答えなかった。







「・・・・・あの、真壁って人と何かあった?」

楓の言葉に蘭世はぱっと瞳だけを動かした。

「・・・・・・どうして・・・?」

「筒井君の口から、真壁くんの名前が出たわ・・・・・・。気にしてるみたいだった。
私は知らないとしか言わなかったけど・・・・・・」

「・・・・・・そっか。相変わらず、圭吾は鋭いね・・・」

蘭世は少し微笑んでいった。





「好きになっちゃった・・・・・・?その人のこと・・・・・・」
楓は優しく声をかけた。





「・・・・・・・そうね、そうかもしれない・・・・・・・」
蘭世はしばらく楓を見つめてから、視線をそらし答えた。
初めて人に打ち明けた瞬間だった。



これで、想っていた気持ちは真実になった。
胸の中が、またもやざわめき始めた。
楓に伝えるだけの言葉であったのに、
それは、まるで自分に言い聞かせるためでもあったかのように、
放った言葉は、耳からもう一度、蘭世の中に入り込み、体中を循環したかと思うと、
胸の奥にある何かをぐっと掴んだ。






「やっぱり圭吾とはお別れしなきゃいけないよね・・・・」

「その人と付き合うの?」

「そんなんじゃないよ。彼女いるみたいだし・・・」
蘭世はふっと笑った。





「ほんとはね・・・・・
そうならないように、ずっと心で拒否してた。
あの人にどんどん引かれていく自分がいて・・・・。
コントロールできないくらい、胸がドキドキして・・・・・。

でもね、それがすごく怖かった。
彼はね、とっても話しやすくて、ちっとも退屈しなくって、女の人の扱いも慣れてるって感じで・・・・・・
でも、どこかクールで、本気で人を好きになるような感じがしないんだ。
どこか、一歩、距離を置いてるっていうか・・・

そういうのってすごく怖いの。
私が本気で好きになったとしても、気持ちがつりあわないのがすごく怖い。
自分が傷つくのがすごく怖い。

それなら、本気に好きになってしまう前に、それを押さえ込んで、
友達として付き合っていくのが楽だと思った。
圭吾のこともあったし・・・・・・。

圭吾のこと、嫌いになったわけじゃないんだよ?
ただ、好きなのかどうかも正直わからなかった。
圭吾は優しいし、一緒にいると安心できた。
ずっと一緒にいたら、私ももっと圭吾のこと好きになれると思ってた。。。。。」

蘭世はひととおり話すと、しばらく間をおいた。
大きな瞳はすでに涙でいっぱいになっていた。
気持ちと同じように、涙もこれ以上あふれ出ないように必死で我慢しているようだった。

「蘭世・・・・・・」
楓がそういって、そっと蘭世の方に手を置いたとき、
蘭世のその潤んだ瞳から、一気に涙が溢れ出した。
蘭世は押さえていた想いも、それと一緒に体の外にあふれ出すのがわかった。

蘭世は両手で口を塞いで、瞳をぎゅっと強く閉じて顔を天井に向けた。
周りの視線など、もう気にする余裕もなかった。




「楓ちゃん・・・・・私・・・・
知れば知るほど・・・・    っく・・・・・
仲良くなればなるほど・・・・・・・
・・・・・・っく・・・・・・真壁くんのことが・・・・・・」




蘭世は声を殺して、静かに泣き出した。
静かに、静かに・・・・・



「私、・・・・・ほんとは・・・・・・ほんとは・・・・・
ずっと誰かに・・・・聞いて欲しかったの・・・・・・・
でも・・・言えなかった・・・・・・
圭吾との関係も・・・・真壁くんの関係も・・・・・・・・くずしたくなかったの・・・・サイテーよね。私・・・・」
蘭世は涙を白い指先でそっと拭いた。
「でも、もう押さえられない・・・・・もう気持ちを偽ったまま圭吾とは会えないよ・・・」





黙って蘭世の語りを聞いていた楓は、ふぅーーっと大きく息をした。
そして、まだ嗚咽をしたままでいる蘭世の肩をポンポンっと叩いてから抱き寄せた。

「バカね、蘭世・・・。気持ちなんて抑えられるものなんかじゃないのに・・・・・」

「・・・・楓ちゃん・・・・」

「私ね、そうなるんじゃないかって思ってたんだ。
蘭世が、彼を見る目がなんか違うって思ってたの・・・・・。
私から言い出すことじゃないしって思って、敢えて言わなかったんだけど・・・・。
やっぱり、私の勘は当たってたか〜」
楓はいったん、ふふふと笑って、続けた。

「でも、蘭世が本気で人を好きになってくれてうれしいよ。
筒井君とはなんとなく無理してるように見えてたのは確かだし、
彼女がいるいないはおいといて、今は自分の気持ちを大切にしなよ。
筒井くんはかわいそうだけど・・・・」

「・・・・・圭吾にはちゃんと言うわ。・・・もうごまかせないもの・・・・」
蘭世は神妙な顔つきで言った。

楓はそういう蘭世の目を見つめ微笑みながら軽くうなづいた。












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